特別支援教育リーフレット                                 


              ニセコ小学校いじめ防止基本方針 
 
                                                      
 ◎学校概要
  


  ■学校基本情報
  

   


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   ◎学校教育目標

    羊蹄の大地に 豊かな心でたくましく未来を拓くニセコの子

    1.つよく 強い心と身体をもって 自立する子

    2.なかよく 思いやりの心をもって かかわる子

    3.かしこく 自分から進んで考え 判断する子


   ◎今年度の重点目標

    『言葉と心を大切に、自ら考え、学び合う子供の育成』・・・『つながる』


   ◎経営方針

    1.知・徳・体のバランスのとれた教育活動を通して、子どもの夢や志を育てる学校をつくる。
      知・・・「わかる・できる・楽しい」を実感できる授業
      徳・・・社会規範を身に付け、思いやりの心を育む道徳教育と特別活動の
          実践
      体・・・健康でたくましい心と体を培う体育的行事の充実
    2.教職員としての専門性・情熱・人間性で実践し、協働して取り組む学校をつくる。
    3.地域に信頼され、愛される学校をつくる。



   ◎年度の経営の重点

    1.子ども自身が自らの伸びを実感できる実践、互いに認め合い尊重する
      集団づくりにより、安心・安全・信頼のある校風の確立
    2.かかわり合いを大切にした学級づくり、学び合いのある学級集団づくりを
      通して、教師と子ども、子ども同士の信頼関係を構築する学級経営
    3.報告・連絡・相談の精度を高め、組織体「」チーム二小」として機能する
      協働体制を確立し、創意と活力に満ちた学校経営の推進。
    4.幼児センター・中学校との円滑な発達の連続性を考慮し、相互連携を深化
      させた教育活動の推進
    5.保護者や地域住民等と相互連携を強密にし、相互理解と信頼関係に立った
      開かれた教育活動の推進



   ■本校沿革の概要

 明治34年11月1日、真狩村より分村して狩太村と称し、元町に戸町役場が置かれた。明治37年10月15日、函館本線の開通で狩太駅が設置されると、来住者が急激に増加し、たちまちにして戸数千余戸となった。
 なかでも駅に近い松岡農場には百戸の商家が軒を連ねる市街地となった。また、隣接の山本農場(有島)などの開拓もめざましく、学校設置の必要が叫ばれるようになった。しかし、時は日露戦争の最中であったため、財政的余裕が なく、児童は4キロも離れた狩太第一尋常小学校(現近藤小学校)に通学していた。泥土、膝を没する悪路に悩みながら通学する児童を見るに忍びなかった村の有志は東奔西走、寄付金を募り、松岡陸三氏以下111名で898円70銭の金を得て学校設置に踏み切った。

   
明治38年 12月 15日  狩太第四尋常小学校として現農協付近に開校
  43年  5月  1日  高等科を併設し狩太第四尋常高等小学校と改称
大正 4年 12月 15日  開校10周年記念式典挙行(5学級・299名)
   5年 10月 19日  狩太尋常高等小学校と改称 村内の高等科を合併
昭和 3年 11月 25日  校舎を現在地に新築移転
   8年  4月  1日  曽我小学校を合併し分教場とする
             (12学級・666名)
   9年  1月  2日  校舎全焼(午後5時、運動場横の石炭庫より出火)
      11月 11日  新校舎落成
  10年 10月 25日  開校30周年記念式典挙行(13学級・704名)
  16年  4月  1日  狩太国民学校と改称 曽我分教場独立
  21年 11月  3日  開校40周年記念式典挙行(16学級・718名)
  22年  4月  1日  狩太小学校と改称
  30年 10月  2日  開校50周年記念式典挙行(14学級・680名)
  35年 12月  1日  王子小学校を廃校し本校に統合
  39年 10月  1日  町名変更によりニセコ小学校と改称
  40年 10月 10日  開校60周年記念式典挙行(12学級・447名)
              現『校歌』を制定
  43年  4月  1日  曽我小学校を廃校し本校と統合
  50年 10月 19日  開校70周年記念式典挙行(13学級・327名)
  56年  4月  1日  藤山小学校を廃校し本校と統合
  58年  1月 12日  新校舎完成、移転
      10月 16日  新校舎落成記念式典・祝賀会挙行
  60年 11月 10日  開校80周年記念式典挙行(9学級・282名)
平成 2年  4月  1日  福井小学校廃校により本校に通学する児童がでる
              川北方面児童スクールバスによる通学開始
   3年  9月  5日  グランド改修工事
   4年  4月  6日  スクールバスによる通学3系統で開始
   7年 10月 22日  開校90周年記念式典挙行(12学級・272名)
   8年  4月  1日  町経理オンライン化
  13年  7月 12日  パソコン室にパソコン22台設置
  15年  4月  1日  少人数指導加配校教員配置(2名)   
  16年  2月 10日  児童玄関改修工事(ドアから開き戸へ入れ替え)
              児童用靴箱入れ替え
       5月 30日  開校100周年記念協賛会設立準備委員会設立
  17年  3月 10日  開校100周年記念協賛会設立
      10月  5日  開校100周年記念公開研究大会
      10月 23日  開校100周年記念式典・祝賀会挙行
  18年  4月  1日  ニセコ町立宮田小学校と統合
  19年  4月  3日  新学校教育目標制定
  20年  4月  1日  2学期制開始
  21年 12月  3日  2学期制プロジェクト 自主公開研究会
             「自学の進め」
  22年  4月  1日  特別支援学級 言語学級「すみれ学級」新設
              特別支援学級4学級
      11月  1日  校舎改修工事完了
  23年 11月  4日  後志教育研究会道徳研究大会

  24年 11月  6日  後志ブックフェスティバルinニセコ
  25年  3月  8日
  体育館改修工事終了
  26年  3月 15日 一部教室改修 



   ■校下の概況

 ニセコ町は、東経140°48’、北緯42°52’後志支庁管内中央部の羊蹄山西麗に位置している。  地形は周囲を山岳に囲まれた波状傾斜の丘陵盆地を形成しており、面積197.13㎞²で東西に20㎞、南北に19㎞の広がりをもつ。総面積の72.5%、142.91㎞²が山林原野で、耕地は14.7%、29.05㎞²で水田6.78㎞²、畑22.27㎞²の利用となっている。
 気象条件は概して内陸性気候を呈し温和であるが、東に羊蹄山(1,898m)北にニセコアンヌプリ(1,308m)がそびえ、冬期には積雪が多く平年で160㎝、多い年には230㎝にも達する豪雪地帯である。
 また、本町は自然条件に恵まれており、支笏洞爺国立公園、ニセコ積丹小樽海岸国定公園の一角をなし、ニセコ連峰を中心に四季を通じて観光客が訪れている。特に冬は、地形的条件と相まってスキーのメッカとして広く知られている。
 近年、冬季スポーツとして盛んなこのスキーと豊富に湧出する温泉を中核とした観光事業にも力を入れている。
 人口は約4,700人で、職種で見ると農家が最も多く、畑作中心の農業が主となっている。最近では、観光産業に従事する人口が増加してきている。
 父母の教育に対する関心は高く、学校教育・社会教育の振興にも積極的であり、学校行事に対しても協力的である。





  ■校歌
  ◎ニセコ小学校校歌

   沼岡兼朗 作詞
   八州秀章 作曲
           
   1 大空高くそびえたつ
     羊蹄山を この窓に
     よろこび つどう学び舎は
     平和の光 かがやいて
     学ぶわれらの たのしさよ
    
   2 朝もやうすれ 日に映える
     尻別川の とこしえに
     豊かにみのる わが郷土は
     祖先の労苦 しのばれて
     はげむわれらの とうとさよ
                
   3 緑と雪に つつまれて 
     たのしく育つ 高台に                           
     心をみがき 身をきたえ 
     希望の光 あおぎみて                 
     伸びるわれらの うれしさよ
                                






                 ※こちらをクリックすると校歌が流れます。
                                         

                             
                                                

   ■児童数